今回取材したのは、畑をフィールドに健康的な町づくりを目指す『畑多楽縁』を主宰する星真土香さんです。『畑多楽縁』は、社会的処方をコンセプトに、サードプレイスとして人と人とのコミュニケーションを大切にするコミュニティを目指しています。
真土香さんは、畑でコミュニティナースとして、病気や障がいの有無に関わらず地域で生活する人を対象に、日常の健康意識を高め、病気の予防につとめるだけでなく、心のケアまで幅広く関わるお仕事をしています。心身を総合的に診て、初期段階での健康状態の把握や一時的な救急処置、日常的にみられる病気や軽度の外傷の治療、訪問診療などを行い、特殊な症例については、専門医に紹介する役割を担う、イギリスやオランダでよく見られるプライマリ・ケアに近い営みとも言えるかもしれません。
『畑多楽縁』での真土香さんはとにかく動き回り、周囲に光をあて、場の空気をあたため、人の心を解きほぐしていきます。生きとし生けるものへ分け隔てなく、恵みを降り注ぐ太陽のような存在です。そのようなパフォーマンスを引き出せるのは、真土香さんがHOMEとしての「畑」をフィールドにしているからかもしれません。幼少期から田畑がすぐ傍にあった真土香さんにとって「畑」とは、自分の原点に近い、いわば、“わたし”に還る場所であり、“わたし”を生かす場所でもあるように感じられました。
今回のインタビューでは、社会的処方について、コミュニティにおけるコミュニケーションの働きや、それを機能にさせるデザイン構造、チームづくりの在り方を探るだけでなく、星真土香さんの人間性を読み解くことで、豊かに暮らす上で大切な「“わたし”に還る」「“わたし”を生かす」ということを探求しました。
今回取材したのは、岩手めんこいテレビのプロデューサーとして勤務している菊地十郎さんと元岩手めんこいテレビのアナウンサーで、現在は退職して博士号を取得、研究者として活動している坂口奈央さんです。
ご夫婦であるふたりは磁石の両極のように正反対の性格をしています。十郎さんは決して口数が多いタイプではなく、あまり自分のことを話しません。感情表現も抑えめで、人の話を聴いている方が好きという印象です。反対に奈央さんは周囲のことに気を配りながらも明瞭に言葉にしていきます。感情表現も豊かで、場を華やかにする。ふたりは周囲の人々にとって、太陽と月のようになくてはならない存在ですが、光の照らし方が異なります。 ただ、異なることが相補性を伴っていて、相乗効果による、夫婦としての、あるいは人と人が対峙する中で生まれる豊穣さとはこういうことと示すような、新しい豊かさのシンボルを体現しているように感じます。
取材するにあたってテーマに据えたのが、「コミュニティの中で生きるとは?」という問いでした。ふたりの暮らしの中で帰属するコミュニティから何を受け取っているかを探ることで、ふたりの豊かさが浮かび上がってくるかもしれない、とそう考えました。その為に、 ふたりの過去を知り、それぞれの人生で得てきたもの、そして、反対に失ってきたものを知ろうと思いました。それを理解することで、ふたりが欲しているもの、コミュニティによって与えられるものの本当の価値がようやくわかってくるような気がしました。その探求は人間がいつの時代も絶えず行ってきた、“過去から何を受けとり、何を未来へつなぐのか”という壮大な物語へと合流していくことでもあるかもしれません。
今回取材したのは、紫波町役場に勤める髙橋哲也さんとヴィーガンアップルパイ&キッシュを専門とする『はちすずめ菓子店』の髙橋静さんのご夫婦です。取材を通じて、おふたりは大人になれば本来難しい「純真性」を保ちながら生きるということを上手くバランスをとりながら暮らしの土台に据えているように感じました。実直に地に足を付けながらも、どこか寓話性/詩的なものを大切に生きる。そんな本当に豊かな暮らしをおくっているような光景が散りばめられていました。
その暮らしを読み解くにあたって、テーマは静さんが営む『はちすずめ』の名前の由来に関係する、宮澤賢治の著作『黄色のトマト』にしました。『黄色のトマト』は、小さな兄妹が”黄色”のトマトを”黄金”のように価値のあるものだと思い、サーカスの入場料として持っていくのですが、経済という価値基準がある大人に拒絶されてしまう物語です。この物語には大人になっていくにしたがって忘却していく「純真性」というものが描かれていますが、誰かが定めた価値ではなく、自分にとっての価値を大切にしながら生きる、ということが暮らしにとってどのような価値を与えるのか探求したいと思いました。どのような生き方を持ってすれば「純真性」が保たれ、心身ともに豊かな暮らしへ繋がるのか。おふたりの見ている風景を追体験しようと試みました。